うつ病が遂に治った! 鬱病克服に至るまでの体験記

長いですが最後までおつきあい下さい

海外うつ病からの回復 岩波先生との出会い うつ病治療の様々な模索と瞑想

最終的に落ち着いたアメリカで一気にうつ病になってしまいました。

原因は私の半生記録でも書いていますが、

うつ病にはまっていく時期

上のことが、すべてが押し寄せてきた。
だるさ、不眠、朝がきつい、やる気が起きない、楽しくない、疲労感の蓄積、マイナス思考が永遠と思えるほど頭の中をぐるぐる回る・・・・・

俺一人だったら、このままうつ病で死んでも構わない。
しかし家族はどうするのか? そして何より子供は?
ここで死ぬわけにはいかない。それが私を『生』へつなぎ止めていた。
家族を持つ働き盛りのうつ病の人に共通の思いだと思う。

妻とはのちに離婚することになるが、子供だけはどうにかして育て上げなくてはいけない。
金銭的に不幸な目に遭わせたくない。
何よりも、元気のない私の姿を見て、悪影響を受けないかが一番心配だった。
やっぱり立派に元気に育って欲しいと思った。

学歴とか立派な肩書きはもういらない。ただスクスクと健康的に悩みとはあんまり無縁な生活を送って欲しい。
しかし、このままでは、息子のためによくないという恐怖と不安に心を痛めていた。

仕事も途中で放り出せば、会社にすごい迷惑がかかる。機会費用の損失もかなりなものになる。
この重圧や未来への不安は凄まじいかった。
何とかしなくてはいけない。が、気力が全く湧かない。
ダメになっている自分をどう奮い立たせても無理だった。

セロトニンかなにか知らないが脳の神経伝達物質が完全に狂っている感じだ。
仕事の能率も判断力も狂いはじめていて、昔の自分からは想像もつかないくらい退化していた。
アメリカの病院で抗うつ薬をもらって、それに頼っていたが、先行きに希望は感じられなかった。
いつか薬に依存する生活に破綻が来るとウスウス感じていたが、ついにそのときが来てしまった。

仕事へのストレスで追いつめられる

私の前任者もうつ病かどうかわからないが、ノイローゼになり薬漬けになり、仕事に支障をきたすようになった(らしい)。
本人やその家族の希望で日本に帰国したと聞いたのは、私がうつ病になってからだった。
あまりに過酷な労働環境。責任とストレスが一人の身に降りかかる。
あこがれの海外生活、海外勤務もこんなものだった。

相談できる人も、頼れる人もいない。結局自分しかいない。そんな自分が頼りない。
家族も環境変化に戸惑っていて、私が相談に乗るぐらいだった。
さすがにのほほんとしている妻も子供が問題を抱えており、また自信のことでも大変そうだった。

会社に相談しようとしても、仕事ができない烙印を押されるのが怖かった。
前任者は、日本でも長期休暇を取り、会社に復帰しては休み、治療し、復帰しては休み、治療しを繰り返し、そのまま退職したそうだ。
うつ病の典型的パターンだ。
今は何をやっているだろうか。
抗うつ薬漬けになると癖になって、社会復帰が出来なくなるという例だけれど、私も最初は薬に頼らざるを得なかった。

アメリカでは薬物療法が一般的だし、それしか選択肢がなかった。
自分なりにものごとへの取り組みや思考を変えようと頑張ったが壁にぶち当たった。
私の脳の中のホルモン異常が薬で治れば良かったが、そうはいかなかった。
アメリカでも日本でもうつ病治療に差はない(あるとすれば心理療法を取り入れているところが欧米に多いこと)

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家族の無言のプレッシャーを勝手に感じる

妻は次第に私のことをどう思っていたのだろうか。
最初は励ましてくれたり、後押ししてくれたが、それがありがたかったと同時にプレッシャーになってしまった。

まだまだうつ病についてわからない時で、さらに妻自身がノイローゼに近かったから。
自分の身でも精一杯、子供の問題でも精一杯、それでも私のことを支えようとしてくれた。
しかし、「あなたがしっかりしなければ、一家が破滅するわよ、もうちょっとしっかりして」という無言のプレッシャーを感じてしまった。
私も余裕がない心だったから、勝手に妄想を膨らませてしまった。

妻がうつ病から抜け出せない私をいらだっているかもと感じた。
うつ病特有の被害妄想、マイナス思考かもしれないが、つらかった。
妻も昔の大らかさなところがあった部分が消えていき、神経質になっていた。
昔のように夫婦仲もしっくりいかなくなった。
後に離婚することになる。

妻にとっては、私しかいなかったし、子育てをしなくてはいけなかった。
また私に依存していればすべてうまくいくと思いこんでいたから、その期待に応える必要があった。
でも、海外生活でもうそんなことはできない私がいた。

経済的バックボーンを失ったら、妻の子供に託した夢もすべて消え失せる。
彼女なりに必死だったと思う。けれど、私にすべてしわ寄せが来てしまった。
いや、負担を感じてしまう自分のとらえ方にも問題があるのだが。

この時の溝は修復不能だった(今では子供の母親、父親として良好な関係を築いている)
はやく休職したかったけど、私がいなければ大きな穴が空いてしまうプレッシャーもあった。
一度社会との糸が切れたら、どうやった復帰できるのか怖くなった。

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精神科医と抗うつ薬

昔は、自分がいないと仕事が回らない状況を望んでいたのに、すごい皮肉……。
希望した海外生活もこうなるとすべて裏目。
人生を呪った。だけど解決策はなかった。
うつ病は抗うつ薬以外の本格的治療法はないと思っていただけに絶望だった。
(それは狭い考え方だと後に気づくことになった)
強い抗うつ薬だと仕事に支障を来すので、弱い薬に抑えてもらったが、これが結果的に薬からの離脱で有利になったことは否めない。

医者との感情的な行き違いも多々あった。
「もっとこうして欲しい」、「話をもっと聞いて欲しい」、「精神科医もこんなものか」と思いながらも、医者に通い続けた。
もう一つの病院で精神分析をやり始めた。
よくウディ・アレンの映画に出てくるソファーに横たわるように座って、医者と話をするスタイルだ。
抗うつ薬よりも、話をすることで不安が抑えられる効用があった。
しかし、アメリカ人は何であんなに偉そうなんだ? それが文化なんだが。

決して答えが出ないことを永遠と

海外で働いているからって、うらやましがられたり、すごいといわれるけど、実態はどうって事ない。
どこでも生き生き仕事ができて、生活も充実しているなんていう人はほんの一握り。
私や前任者のようにうつ病で潰れる人もたくさんいる。

それ以前の勤務地でもうつ病の前段階になっていたが、 環境を変えると一時期は楽になった。
しかし、それが当たり前になってしまうとすぐうつ病の闇が忍び寄ってくる。
だましだまし仕事をこなしてきた私もついにいかんと思い始めた。
どこかで糸が切れそうな恐怖があった。

どこにも信頼できる相談相手がいない。
愚痴をこぼせる友人もいない。
そもそも愚痴をこぼしたら人生負けだと思っていた。
だけど、 仕事に行きたくない、つまらない。
テレビを見ても、映画を見てもすべて味気ない
以前の私はどこに行ったのかむなしくなった。

あの「栄光の日々」は戻ってくるんだろうか? 昔は本当に良かったか? 楽しいって何だ?と思うようになった。
今までしてきた選択は正しかったのか? 積み重ねてきた時間は正当だったか?

こんなに脆い自分だったのか?
何のために、誰のために生きているのか?
子供のためはもちろんある。
が、自分というものをもっているか? 人生はあったか?
自由に選択してきたと思っていたことが、実は強迫的にそうならざるをえなかったのではないか?

頭の中をものすごくマイナスの思考が駆けめぐり、結果得られたものは重圧だけだった。
どんなに考えても、堂々巡りをするだけで、頭が鈍っていった。
頭が混乱し始めていた。正常な脳みそとはほど遠かった。異常な時期だった。
消えてなくなりたい、すべてを無に帰したい。それが異常事態を終息させる最終の最高の手段だと。

しかし、すべてを投げ出せない私の責任感(自責の念、罪の意識)があった。
仕事、家族、子供・・・・・

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アメリカと日本の精神医学

アメリカ滞在中に、アメリカの名医といわれる精神科医・分析医に会ったが、通ううちに事務的態度(日本と変わらない)で薬を出された。
映画の「17歳のカルテ」というものを見たことがあるが、薬をとにかく簡単に出し、飲ませることは、そのままだった。
世界最先端の精神医学をもつアメリカでさえその始末。

本当の名医はどこかにいるかもしれない。でも会うことはついになかった
心が病んだらもう正常に生きられないではないかと空恐ろしくなった。
病院で催眠誘導もされたことがあるが、かかっているかどうかもわからなかった。

分析に関しては頭の整理ができて、少しは心が楽になった。
しかし、結局最後は薬を出されて終わりだった。
もっと俺に合う薬を出してくれと言ったが、見つかることはなかった。
次第に医者に不信感を持ち始めてしまった。

やはり日本人の医者の方がいいんだろうか?
信頼関係をもっと築ける医者がいい。
日本の精神医学のレベルはどれくらいだろうか?

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森田療法への望み

結局日本人の私にとって日本しかなかった。
アメリカのうつ病事情も悲惨なものだということもわかった(別ページに書いてあります)
インターネットで日本の心理療法の情報を探し求めた。
ただアメリカでこれぐらいなのだから、日本でも同じことになるのでは? 希望を感じられない時期だった。
ふと森田療法についての情報を眼にした。

はじめ「ん? これだ!」と思った。
日本人の心の微妙な「ブレ」がわかるし、その風土から生まれた。
遠い海外の地にいながら、森田療法についてよく調べた。
近いうちに日本に二週間以上戻る機会があったので、森田療法をやっている病院を訪ねてみようと思った。

しかし、淡い希望も打ち砕かれた。
入院が必要だとわかったからだ。これでみんな森田療法をあきらめるらしい。
日本で生まれた私のうつ病を治すことができるのは、日本で生まれた森田療法しかないとまで思っていた。
がっくりだった。
そんな時間はないし、プライドがあったから、精神的な問題で入院なんてたまったものではなかった。
(もし休職することになったら、入院しようと思った)

それなら、薬でだましだまし折り合いをつけて生きた方がいいかもしれない。
だけど、このままではいけないこともわかっていたから、答えが出なかった。

うつ病に瞑想が効果的では?

瞑想にも心を惹かれた。
瞑想で自分の心を見つめ、心を平穏にし、うつ病の落ち込みやいらいらや不安感から脱するために効果的だと思った。
うつ病にはもはや意識の表面で努力をして対策を続けても効果がないと思っていた。
だから瞑想をして、呼吸法をして、変性意識に入り、脳内麻薬を出して、うつ病に効果を与えたかった。

だがこれはあくまで理想論で、瞑想だろうがなんだろうがとにかくうつ病が少しでも和らげばいいというあがきだった
瞑想はうつ病に非常に効果があると聞いていたから、やらない手はないと思った(のちにうつ病に瞑想は逆に危険なんだとわかったが)

アメリカにもあるかもしれないが、やっぱり本場の日本で瞑想を受けるのがいい。
瞑想なら心の平穏を私に与えてくれるという希望があった。

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苦しいうつ病の症状

このままうつ病の症状が悪化したら、精神科に入院せざるを得なくなるんではないかという恐怖もあった。
みなさんもわかると思いますが、抗うつ薬を飲んでも効果がない、さらに気分が悪くなるなんてことになると、その焦りは筆舌に尽くしがたい。
うつ病には禁物の焦燥感が急激に膨らむ。
このまま一生うつ病だったら、家族は、子供はどうなるのだろう。 子供たちだけには自分のことで、しかも精神的問題で迷惑をかけたくなかった。
それに責任と重圧のかかる仕事もあった。
もともと、自分がいるからこそ、仕事がまわっているという状態を理想としていた。
いてもいなくても変わらないという「公務員」にはなりたくなかった。絶対に。
だから海外駐在というのは、私しかできないことの証明だと思いこんでいた。

しかし、うつ病になってしまい、逆に追いつめられた。
何という結末だろう。自嘲気味に笑ってしまったこともあった。
身動きがとれない。焦ってはいけないが焦らざるを得なかった。
焦燥感と絶望、やらなくちゃいけないけれど、やる気が出ない、倦怠感、何も楽しくない、夜ぐっすり眠れない、生きている価値を見いだせない自分、死にたい、死にたい、自殺したい、消えてなくなりたい、眠ったまま死にたい、楽になりたい、安心したい、もうたくさんだ、苦しい、きつい! どうしようもない、ああ、死にたい、どうしよう、無理だ、ダメだ、死にたい、死のう、だけどできない、きつい、苦しい、たまらない! ずっとこんな考えが頭の中を駆けめぐっていった。

いろいろな心理療法と治療法

とりあえず、何か対策をとらなければいけない。
日本に一時的に戻ったら、カウンセリングと瞑想、それに海外だと特に強く認識するのだが、禅寺での修行でおかしい私の心を鍛え直すということを考えていた。
日本だからこそできるものだと期待をかけていたのを覚えている。
しかし、どこにするかが問題だった。
ピンからキリまでカウンセラーや心理セラピストがいる。

瞑想も超越瞑想(TM瞑想)やヴィパッサナー瞑想やマインドフルネス瞑想など色々あり、どれにしようが迷った。
変なのに当たってしまったら、ただ金と時間の無駄だろう。
せっかくの帰国のチャンスだし、なにより滞在時間がないのだ。
しかし、うつ病は私から判断力も決断力も奪い去っていた。
決意ができないことに、私は苛立ち落ち込んだ。
昔なら考えずに飛び込んでいたはずなのに。

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うつ病克服への第一歩! 最強の克服プログラムとの僥倖!

森田療法の本を大量に買い込み、「あるがまま」の実践は、それはそれでしようと考えた。
しかし、だれかうつ病を解決する心強い援軍になってくれる人はいないだろうか?
真剣に探した。瞑想を中心に調べていた。

変性意識、脳内麻薬などで検索してた所、瞑想で得られる変性意識の何千倍もすごいという評判に何度も行き当たった。
いわゆるトランス状態(超変性意識、もしくは超瞑想状態)がとにかくすごいんだという評判だった。
セロトニン、ドーパミンなどをはじめとした神経伝達物質が放たれる感覚もすごいし、瞑想や自律訓練法、催眠療法とは比較にならないほど強力なやり方だという。

私なりに瞑想やあるがままの思想を実行しようとしていたが、どうにもうつ病特有の思考(マイナス思考や雑念、不安)が増し、リラックスどころではなかった。
自力で瞑想などをやってまた効果が出ない時間が続いていくなら、その方法でなんとかしたいと興味を持った。

高い評価と評判、感謝と畏敬の念にいきあたる人の存在、それらを可能ならしめる技とノウハウを持つ人物。
それが岩波さんという先生だった。

天才、鬼才、すごい人物、傑物、超越した実力者、カリスマなどの評判だった。
そんなスゴイ人なら会ってみたい! 先生のサイトに書いてあった「脳覚醒に関する言葉集」「心理脳内プログラムに関する言葉集」「うつ病に関する言葉集」も非常に私の心を刺激してくれた。
私の人生はこれだったからうまくいかなくなったし、こういう思考や考え方をしているから悩みを強化していることがよくわかった。
そして、どうやっていけばいいのか、私の望みにかなっていると感じた。

瞑想を数十年やってきた達人でさえもびっくりするぐらい威力のある技術で一気にうつ病で狂ってしまった脳を変えていった方がいいに決まっている。
瞑想追求者がみな勧めているから、これしかないと決めた。

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心配は、私が日本滞在の間に、会えるかということだった。
クライアントたくさんいるそうだから(実際ものすごい数だった)、それだけが心配の種だった。
アメリカからメールをして、岩波先生のいる事務所の電話番号を教えてもらった。
すんなりと電話で岩波先生とコンタクトをとれたのはラッキーだったが、問題はいつ先生にお会いできるかだった。

アメリカからだということを告げた。
実はアメリカからわざわざかけてくる人なんて私だけだろうと思っていたのだが。
だけど、他の国からも日本人が海外で悩んでしまって、けっこう通ってくる人がいるというから驚きだった。
私は通えるかどうかもわかっていなかったが、とにかく岩波先生に会いたかった。
すぐには通うことができなくても、とりあえず予約だけは取りたかった。
電話でカウンセリング(コーチング)をしてもらってもいい。
まずは日本に戻ったときに一度受けられる。

評判が本物だったら、ずいぶんあちらでの仕事や生活、重圧感も楽になるだろうと思った。
岩波先生の電話での印象は、私の心をわかってくれるのはこの人だと感じた。
そんなことを思わせる専門家にはじめて出会ったし、すごく心が楽になった。ありがたかった。
ずっとアメリカ人の精神科医や精神分析医、心理カウンセラーを相手にしていただけに、話がすんなり通じることがうれしかった。
先生は一本筋が通った印象も受けた。けっこう自分のペースで話をする人でもあった。だけどちゃんと聞くところは聞いてくれた。
海外からの電話だったけれど、かなり話し込んでしまった。

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そのとき、通っている人の心理プログラム(セラピー)をやっていたから、わざわざあとで電話の時間を作ってくれた。
程なくしてかけ直してみた。私の家庭環境や生い立ちを話しているとき、先生が話を止めた。
先生がスカイプを知っているか聞いてきた(いまはスカイプをやっていないようで電話のみです)。
海外生活をやっている者にとって、スカイプは必需品だったからもちろん知っていた。
そちらで話しましょうといわれた。わざわざ気をつかってくれたのが嬉しかった。

日本時間の深夜、先生が仕事が終わってからスカイプで話し合った。
予約も日本に来ている間に入れてくれるという。
時間を深夜までずらしてくれ、その配慮がありがたかった。
人間的温かみのある方だという印象。
実際、パワーがあり、元気な人だ。

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日本に戻れる前に

日本に戻るのを期待と不安を持って待っていた。
私は岩波先生の所でやる呼吸法の初歩をやっていた(ネット上で書いてあった誰でもできるやり方)。
いい具合に手足が痺れていたから、こんな簡単な呼吸でも効果があるのかと思った。
不思議と何にも考えずできていたから、効果が上がったのだが。

同時に先生から言われていた、悩みに陥る家庭環境や仕事や家族についてのルーツをやっていた。
なるほど、どうにもうまくいかなくなっていった理由がわかる気がする。
私の生き方、考え方はうつ病になりやすいとアメリカの医者から指摘されていたとはいえ、改めて自分で分析してみると、よくわかった。
こういうことは、人から指摘されるよりも自分で分析して気づくことが大事だ。
うつ病はあくまで自分自身の問題だから。

そして、日本に戻れる日が来た。
薬は自分で徐々に減らしていった。
医者に減らしたいと言ったが、出された抗うつ薬の量は変わっていなかった。
薬を売って儲けたいだけじゃないか!? 
まあ医者は医者なりの考えがあってのことだが、そんなことまで考えてしまった。
(実際は急激な減薬は危険との判断からだろう)
抗うつ薬を断つことへの心身への負担はかなりあると耳にしていたから、私自身慎重にすすめていった。

海外でも通用するうつ病治療法!

余談だが、外国の人にも岩波先生の心理セラピーや方法論は確実に通用する。
言葉の問題でどうだかわからないが、日本人よりあっている心理療法かもしれない。
海外にもこんな能力の高い心理セラピストはいないに違いない。
海外から通うにもそれだけ他にはない高等で強力な技術があるからだ。

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会社への要求

会社には日本で勤務できるよう届け出を出した(前々から希望は出していた)。
前任者が前任者だっただけに、会社も考慮してくれ、幸運なことに受理された。
ただし、引き継ぎなどあるから、どうしても四ヶ月後ぐらいになるという。

日本に戻れる安堵感で心が幾分軽くなったと同時に、四ヶ月耐えられるか不安になった。
休職はできそうにないし、そんなことをしたら、日本に戻ったときに窓際に追いやられかねない。
プライドの高かった私は、窓際にされたら、ますますうつ病が悪化していたかもしれない。

家族も帰国できることにホッとしていたようだが、子供は子供でまた転校をしなくてはいけないことに抵抗感を示した。
まだ日本での暮らしが短いため、子供にとっては実質的に初めての日本での生活になる。
私たち夫婦にとっては帰国だが、子供にとっては新しい不安を呼び起こすものだった。
とはいっても、家族三人とも孤独や不安でいっぱいだったから、あのままずっとアメリカで暮らすよりは、いい選択だったのは間違いない。

海外から岩波先生のところへ通う!

Dreamart labo 岩波先生のうつ病(神経所)の克服プログラムには四回海外から通った。そのためだけに。
しかし、飛行機の旅もぜんぜん苦にならなかった。
日本に戻れる安堵感があったから。成田空港から遠いのは嫌だったが。

アメリカ行きの便では、すごい超瞑想状態というべき体験をして、心もかなり軽くなっていたからだ。
希望を感じながら飛行機に乗ったのは何年ぶりのことだろう?
いつも心がどんよりとしていたことに比べて、確実に気持が楽になっていた。

東京が都合で受けられなかったときは、大阪の事務所にも行った。
大阪ははじめてだったから、近くの大阪城や通天閣にも観光に行った。
ふと気づいた。私も楽しめるんだな、ということを。
アメリカではほとんど観光をしたことがない。そんな気力も余裕もなかったからだ。
大阪観光を終え、京都も行きたい、奈良に行ったことがないから是非行こうと楽しむことを考えていた。

思わぬ、うつ病が少し晴れていることにうれしさと驚きを覚えた。
遠く海外から通った甲斐があったとも思った。
それにすごい遠距離から通うから、必死だった。
一回一回を大事にするために岩波先生から出される宿題をやった。
その気持ちの強さが功を奏した。

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効果的なうつ病治療をはじめる!

うつ病に陥る分析を通い始めてから本格的にしていった。
なぜ自分はうつ病になったのか、会社ではどうだったか、それ以前の学生の時はどうだったか、更に前の親の教育はどんな感じで、それが自分の心にどんな決定的影響を与えたか、どんな考え方をして、ものごとに対処していったのか、歪んでいた思考はなかったか(こうあるべき、こうであらねばならぬという考え、思考の柔軟性の無さなど)、これからはどういう風にしていくべきか、とらえるべきかを、説明してもらった。

聞いているうちに、うつ病になるのが当たり前だったように感じた(実際そうなのだから、うつ病になったわけだ)。
これが俺の人生だったのか! 落ち込みもしたし、なにか怖いものを直視しなくてはいけない不安な気分になったりもした。
二日ほどは気分が悪かった(先生からは自分の心とよく相談して効いて欲しいと言われていた)
気分がなぜかふさぎ、ため息ばっかりしていた。

でも、自分の人生から逃げることはしちゃダメだ、立ち向かっていこうと。
岩波先生がついているから大丈夫だ。

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呼吸法をしていても過去のことを思い出されてしまって、とても感情的にもなっていった。
人生を振り返るととても感傷的になってくる。それがどんどん増していった。
そのうちに心の中に巣くう霞のようなものが晴れていった。
ちょっとだけホッとした感じがあった。

思考力が低下していた脳みそが、正常に動き始めた感じもした。
感情的になっていた時に、何か一緒に洗い流してくれたのだと思う(トランス状態=超瞑想状態でも同じ経験をしていた。抑圧が外れていったのだろう)
思考力が低下していたのは、うつ病特有の症状なのか、薬の副作用かわからないが、ぼやけていた頭がすっきりしてきた。
とにかくルーツ分析のCDを聞いて、間違った認知を改めたり、意を強くしたり、ストレスの対処法を先生に聞いたり、ときには落ち込んだりしながら、続けていった。
時々頭痛や胃が痛くなることもあったが、それも消失していった。

うつ病が治った経緯 回復へ向かって

岩波先生の暗示も脳にこびりつくような感じに、そしてスーッと脳の奥に入り込む感じになっていった。
暗示が入ってくれるトランス状態の効果か、「そうなのかな」という感じが「こうなんだ!」と思えるようになった。
トラウマ処理も進めていったし、自分の考え方の狭さを指摘してもらったり、岩波先生の考え方を聞いて、「なるほど!」と納得したり、暗示をかけてもらったり、有意義な時間だった。

呼吸の訓練もした。自己暗示を入れたり、トラウマ処理をするために必要なことだ。
いい暗示が脳に入るには呼吸が不可欠で、みな呼吸の訓練をした。
呼吸といっても、特殊な呼吸でもなく、誰でもできる簡単なものからやった。
呼吸をすると、意識がすごく落ち着いてくることがわかった。

それからは頑張れるようになったが、呼吸をすること自体結構苦労した。
マイナス思考がぐるぐる頭を回るときもあったから。
マイナスが蓄積していて、考えてしまう脳みそではしょうがないが。

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でも、積み重ねていくと、自意識が減っていったのがわかった(無理に自意識を減らすことはできないから、バカになって呼吸をすること)。
私には初めての経験で、驚きと刺激に満ちた体験だった。

体の固さも指摘された。
これじゃ、悩んで当然とまでいわれた。
肩こりがもう当たり前になって、肩こりと感じないくらいの堅さらしい。
心の緊張や葛藤は、体にすぐ反応が出やすい。

新しい呼吸法も教えてもらったが、最初苦しかったものの、次第に体がなれていき、強烈な感覚を味わえるようになった。
先生誘導じゃなく、私の呼吸法でそうなったこともうれしかった。
思わず飛行機の中でしてしまったほど感動した。
強烈なリラックス感を伴い、全身を包み込んでくれた。
いわゆる脳内麻薬がたくさん出た状態だった。
瞑想を調べていた時、脳内麻薬を出すことが、うつ病の脳みそに効果が非常にあると聞いていたから、こんなに脳内麻薬に浸れるなんて感動以外の何ものでもない。

それから、ますます岩波先生の呼吸法(トランス呼吸法)が癖になっていった。
憂鬱な時でも、それをすることで、頭をリセットさせ、気持を切り替えることができた。
そのこともとってもうれしかった!

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不眠症解消法

そういえば、不眠症に苦しんでいたから、岩波先生によく眠る方法を教えてもらった。
うつ病と不眠症は親戚みたいなものだから、不眠症を解決すると、鬱病の回復も早まるという。
うつ病が回復すると不眠症も解決していく、よく眠れるようになるし、非常に密接な関係だ。

なんと岩波先生はどこであろうと、たった一分で眠ることができる。実際見たことがあるがすごかった!
よく眠る訓練は、けっこう訓練を要する。だけど、積み重ねていけば誰でもできるようになる。

眠ることへの放棄がまず第一。
体が固い、緊張しているから眠れないから、徐々に眠るときの体の柔らかさ、眠りに陥るあの感覚をイメージトレーニングする。
それを眠るときにうまくイメージできればいいわけだが、これは徐々にやっていった方がいい。
あとは神経を足先に向けること。
頭に向けているから、考えすぎて眠れなくなるわけだから。
目を開けてそれをするのではなく、目を閉じること。
そして、眠ることを辞めて、ただ身を任せること。
重力に身を任せる感じで、眠らなくてもいいから、ただその状態でいること。
決して寝ようと考えてはいけない。寝なくてもいい、この状態のまま朝まで過ごすだけだと。
あとは、寝る瞬間のイメージができれば、寝やすくなる。

これは知恵で思い出そうとしてはダメで、あくまで感覚として五感で眠気のイメージを引き寄せて、その中に浸る。
そうすると、いつの間にかすーっと眠りに入っている私がいた。
最初は苦労したが、最近はだいぶうまくなってきた。

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無意識からのうつ病問題解決

岩波先生の超瞑想状態(トランス状態、意識の強烈な変容状態)についても言っておきたい。
この意識が変容している状態で、暗示を入れ込むとすごい脳にこびりつく実感があるし、一気に疲労感もとれる。
呼吸でその深さを自分で深めることができるとわかってから、熱心に呼吸をやるようになってから、どんどん体験の深さが強烈になっていった。
いわゆう催眠状態というものが浅い状態なら、これはすごい深い状態で、岩波先生に誘導してもらう。

ただ他の人では決して誘導できない超高等テクニック。
徐々に入る方法と、一気に入れさせてもらう方法があるが、これはその人の悩みの状態によって変えていくらしい。
私は海外から通っていたときもあったから、一気に入れてもらう方法でやってもらったが、すごい感覚の世界であった。
体験記のホームページで誰もが絶賛しているが、読んでいる時想像は決してつかないが、受けてみるととにかく、とことんすごいのだ。

うつ病がよくなっていく! 遂に治った!

落ち込み、だるさ、絶望感だけは自分の力ではどうしようもなかった。
とにかくどうにしかしたい一心だった。
しかし心理と脳内プログラムを受けていくうちに、あれだけどうしようもなかったうつ病の症状が晴れていった。
原因不明だと思っていたものが、白日の下にさらされ、無意識でたまっていたものが意識の上に出てきたことで、すごい楽になった。

無意識の問題が意識上に出ると、自動的にトラウマ処理が始まるらしい。
それは問題を認識することで、脳が納得するからだという。
悩みを納得すると、人は悩みを受け入れたと同じ構造になり、悩みへの執着が外れて、心に余裕が出てくるのだ。

鬱病克服のセラピーを受けた後、翌日、目が覚めたとき、すがすがしい気分だったときのうれしさといったらなかった。
最初は、たまり続けてきた抑圧に触れてしまったことで、翌朝の目覚めが最悪だったが、心が解放されていくとホッとできるようになった。

心の闇や暗部、うつ病の原因をのぞくことは、うつ病を治す第一歩だと思う(ただ一人ではやっては駄目、危険!)。
もし薬を使い続けていたら、原因そのものを心の底でのぞくことは不可能だったんだと思う。
それは見ないように、見ないようにして、日々をしのいでいこうという対症治療だから。

私が薬だけによる治療法にちょっと疑問があるのは、副作用の怖さや安易な薬物使用と同時に、治るものも治らなくしている恐れがあるから。
医者を擁護すると、患者が落ち込みで「きついです、ヘルプ・ミー!」と来たら、とりあえず薬を出さざるを得ないのかもしれない。
本当にうつ病になる原因が神経伝達ホルモンの異常だけでなっているなら、それこそ薬が必要になるだろうが。
使いどころをしっかりとしないといけないのが抗うつ薬だと思う。

だから欧米では心理療法をすすめる病院が増えてきているという。
日本はまだまだそこまでいっていない。

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認知の歪みとものごとへの考え方が変わる!

そんなこんなで、紆余曲折を経ながら、私のたまった抑圧も晴れていった。
無意識、心の奥底にたまった抑圧が消えていく。
それと同時に、漠然とした不安感や落ち込みもなくなっていき、精神にハリが出てきた。

心のハリも長らく経験していなくて、忘れていたものだったが、それこそが生きてよかったという実感だった。
焦らず生きよう。でも、結果的に成功するんだと、いい具合に頑張りとくつろぎが同居できるようになった。
うつ病は焦りが禁物だから、落ち着いてゆっくり休むことも重要だ。療養は必要だし、ストレス要因がひどい時、そこから身を別の場所に移すことは必要なこと。

だけど、一生休んだら、それこそ社会生活に完全復帰はできない。
肩の力が抜けているんだけど、頑張れる状態という柔軟性が身に付いてきたように思う。

自然とやる気がどんどん出てくるように!

うつ病とは反対のモチベーションも出てくるようになった。
「燃えてやってやるぞ!」という意欲が、かつてのハイな状態とは別の形で出てきたのは嬉しかった。

ただし、モチベーションが湧いて気分がよい時を維持しようとすると、すぐ消えてしまった。
シャボン玉を掴む感じだった。
これも日々の積み重ねで、だんだん強固になっていった。
気分の波も朝最悪で夕方マシになると言うサイクルもなくなっていった。
感情に振り回されることへの強さが出てきたんだろう。
慌てなくなったというか焦らなくなったというか、とにかく柔軟性があるタフさを身につけていったのだと思う。

海外うつ病からの回復 岩波先生との出会い うつ病治療の様々な模索と瞑想

ストレス対処法と岩波先生のこと

また、仕事面や人間関係でのストレスへの対処法も先生は教えてくれたし、人間の攻略法(会話の格闘術というらしい)も習った。
通ったあとはすごく心が晴れ晴れとした。翌日は目覚めがよかった。
もっとサイクルを短くすれば完璧だっただろう。

こんなに空気がおいしく吸えるのが久しぶりだった。
自分でも気づかないくらいに体が固まっていたと書いたけれど、体がゆるんでみてはじめて、いかにカチコチに固まっていたか理解できた。
泥沼にはまっているのが日常だと、なかなか気づかない。
なんでも体が悩みやストレスで固くなると、その固さによってよけいうつ病を悪化させてしまう。
体にのびと余裕がないから、心にも余裕ができなくなる。

岩波先生は首や肩の体の固さ一つで、簡単にその人の生い立ちや日常生活までわかると言うから驚きだ。
もっと言うと、挨拶一つでそれまでの一ヶ月間の生活がわかるそうで、そこまでいったら人間心理の達人の中の達人だ。
そんなすごい人が世の中に実際にいるんだとわかっただけでも、うつ病の克服セラピーを受けた甲斐があったと思う。
アメリカにもドイツにも絶対いないと思う。

人間的魅力に富んでいたし、自分と独自のセラピー理論を確立していた。
私が歩んできた人生にもし早い段階で先生のようなキャラクターが存在したら、180度人生観が変わったし、うつ病になることはなかったし、何かすごい成果を上げられる予感までする。

今更言っても詮無いことなので、今を生きるしかないのだけど。
人は弱いもので、自分がやばい状況にいるかということを知ることが怖い。
現実を見ないようにしていると、つまり守りと逃げの姿勢は身を滅ぼすと言うことを学んだ。

あとは硬直化した柔軟性のない思考は、何が問題があった時に、心がぽっきり折れやすいということも。
うつ病で犠牲にしたことも多いのだから、うつ病を通して学んだことを増やさなければならない。
ただの悩み損だけにはしたくない。いい経験だったと振り返られるように必ずするつもりだ。

日本にいて思うこと

確実に海外からでも受ける価値が岩波先生のプログラムにはあった。
海外での生活で病んでしまう日本人は多いし、私もその一人だが、みんな通えるかというと難しいと思う。
かといって先生が海外に進出したら、日本の人が通うことは難しくなるだろうし、受ける機会も半減するだろう。
日本語が話せた自分でよかったってところかな。
日本にいる人は幸せだと思う。

地方の人も同じ日本だし、東京や大阪近辺に住んでいる人はもっと幸せだ。
岩波先生はスケールが大きくて、南の島で合宿をやっていたらしいが、日本だけにとどまる人ではないことは確かだ。
アメリカ人なら絶対受けると思う。
機会があったら、英語バージョンのサイトを作りたい。
先生が言うにはアメリカ人の方が日本人よりも単純だから、深いトランス状態に入りやすいという。

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うつ病を治すには

うつ病に対する治療方法に対しての認識が広く柔軟になれば、もっとうつ病の人は楽になると思います。
「こうあらねばならぬ」考えの人がうつ病になるといいますが、治療法についてもそういえます。
もっと柔軟にいろいろと探してみる価値があると思います。
その上でご自分が一番いいと思える方法を見つけ、柔軟に自分の心をコントロールしていってください。

海外在住者向け岩波先生心理・脳内プログラムの受け方

岩波先生の評判の高さは海外でも知られています。
海を越えてはるばるやってくる人も後を絶たないと言います。
私もそうだったから、さもありなん、です。
海外在住日本人の人で、先生のプログラムを受けたい人は、まずメールをして、その後先生と直接の電話コンタクトをとります。
最近は電話代も格段に安くなりましたね。

日本滞在中(東京か大阪です)、3日連続、2日連続で受けられると思います。
これは先生とこちらのタイミングが合えばですが。
通うまでの間はしっかりとストレッチをして呼吸法をしてください。
また岩波先生の言葉・講演集というものがあるので、そちらを読んで意を新にしたり、モチベーションを上げたりしてください。
また日本に帰国できた時に、2,3回連続という形になると思います。

一気に日本滞在中に短期間で10回という形はできません。
それにある程度、間隔を開けた方がいいそうです。
(連続的にやったほうがいい時もありますが、最初は家での訓練も必要でしょう)
先生も海外から来る人には、スケジュールを調整をある程度してくれます。
それでも多忙な人なので、すべて思い通りになるかわかりませんが。

ホテルに関しては、西新宿、大阪ともに、近くにビジネスホテルがたくさんあるので、事前のインターネット予約すると安くていいです。
大阪だと5千円以内で泊まれました。
西新宿事務所の近くにワシントンホテルがありますが、他にもいくらでもホテルがあるので、安いところを探したらいいですよ。
もちろん、通う前にちゃんと家での課題をやっていった方がいいです。
やるとやらないのとでは、大違いですから!

持っていく荷物は特にありません。手ぶらで大丈夫です。
雰囲気は岩波先生の人柄から、とてもアットホームで笑いが絶えません。
先生と接するだけでも、元気がもらえます。
自己を確立している人ですので、悩まない人とはこういう人なんだ、と肌で実感できます。

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最後に

よかった。ほんとうによかった。あんな思いは二度としたくない。
苦しかった日々をこうやって振り返ると、自分はすごくラッキーだったです。
それは私に合った常識を越えている克服方法に出会えたことと、うつ病がよくなったことが、いかに僥倖だったか噛みしめています。

根本から克服していくには、潜在意識、脳科学的に言ったら、脳の原始部分を表層に出して処理していくしかないと思います。
うつ病の原因は、様々な出来事を経て潜在意識や脳の奥深くに救ってしまったものがほとんどです。
そこの処理、例えば抑圧の処理、暗示の入れ込み、考え方受け取り方の変化、リラックス感を味わうこと、うつ病のルーツ整理などをやっていくことで私は克服に向かいました(山あり谷あり、それでも確実に良くなっていきました)
うつ病は「きっといつか」ではなく、必ず治るものです。

うつ病が遂に治った! 海外鬱病からの回復

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(私が海外から通ってうつ病を奇跡的に解決できた方法について、うつ病をどうやって治したかなどメールで相談に乗っています。お気軽に、そして真剣な気持ちでどうぞ)

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